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産業観光と青函連絡船摩周丸 [2016/05/23 17:28] takahashi |
産業観光と青函連絡船摩周丸 [2016/05/28 15:51] (現在) takahashi [産業観光と青函連絡船摩周丸] |
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| ====== 産業観光と青函連絡船摩周丸 ====== | ====== 産業観光と青函連絡船摩周丸 ====== | ||
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| + | 講演:須田 寛 | ||
| //「産業遺産と青函連絡船摩周丸を考える」セミナー講演録(メモリアルシップ摩周丸・2002年3月9日)// | //「産業遺産と青函連絡船摩周丸を考える」セミナー講演録(メモリアルシップ摩周丸・2002年3月9日)// | ||
| ライン 167: | ライン 169: | ||
| **須田** 税金というのは、市で税の徴収の条例をつくればいかようにも取るようにするのは可能です。ただ、今の法律では総務省の合意が得られなければ実施できません。現実論としてはいきなり税金で取るというのはつらい。たとえば山の上に施設とかなにかを造って、その利用料として取るとか、ひとひねりがあったほうがいいのではないでしょうか。まあ、これは市民の世論で決まっていくことです。極端なことをいうと街の人が電気をつけているから夜景があるのですから、そういうアピールもいるかもしれませんね。 | **須田** 税金というのは、市で税の徴収の条例をつくればいかようにも取るようにするのは可能です。ただ、今の法律では総務省の合意が得られなければ実施できません。現実論としてはいきなり税金で取るというのはつらい。たとえば山の上に施設とかなにかを造って、その利用料として取るとか、ひとひねりがあったほうがいいのではないでしょうか。まあ、これは市民の世論で決まっていくことです。極端なことをいうと街の人が電気をつけているから夜景があるのですから、そういうアピールもいるかもしれませんね。 | ||
| - | == 講師 == | + | ===== 講師 ===== |
| **須田 寛(すだ・ひろし)** | **須田 寛(すだ・ひろし)** | ||
| 1931(昭和6)年京都生まれ。1954(昭和29)年京大法学部卒業。同年4月、旧国鉄入社。以後、主として旅客畑を歩み、旅客局総務課長、名古屋管理局長、旅客局長、常務理事(営業担当)などを歴任、在職中には「ディスカバージャパン」や「いい日旅だち」などのキャンペーンをヒットさせた。 1987 (昭和 62)年4月のJR発足の際は、JR東海の初代社長に就任、5期8年務め、同社の基礎作りに貢献し、現在は代表取締役会長。最近は社外での活動も活発で、 NHK経営委員長、中部経済連合会副会長、名古屋商工会議所文化委員長、日本観光協会中部支部長、中部の観光を考える百人委員会副会長の要職にある。趣味は鉄道というほど、根っからの鉄道人で、東京から鹿児島までの全駅名をそらんじている、という話は有名。ライフワークとして観光に取り組み、「産業観光」を提唱、その推進役として名古屋から全国に発信中である。主な著書に「産業観光」(交通新聞社)、「東海道新幹線」(JTB出版)、「時刻表にみる国鉄旅客営業のあゆみ」(日本交通公社)などがある。 | 1931(昭和6)年京都生まれ。1954(昭和29)年京大法学部卒業。同年4月、旧国鉄入社。以後、主として旅客畑を歩み、旅客局総務課長、名古屋管理局長、旅客局長、常務理事(営業担当)などを歴任、在職中には「ディスカバージャパン」や「いい日旅だち」などのキャンペーンをヒットさせた。 1987 (昭和 62)年4月のJR発足の際は、JR東海の初代社長に就任、5期8年務め、同社の基礎作りに貢献し、現在は代表取締役会長。最近は社外での活動も活発で、 NHK経営委員長、中部経済連合会副会長、名古屋商工会議所文化委員長、日本観光協会中部支部長、中部の観光を考える百人委員会副会長の要職にある。趣味は鉄道というほど、根っからの鉄道人で、東京から鹿児島までの全駅名をそらんじている、という話は有名。ライフワークとして観光に取り組み、「産業観光」を提唱、その推進役として名古屋から全国に発信中である。主な著書に「産業観光」(交通新聞社)、「東海道新幹線」(JTB出版)、「時刻表にみる国鉄旅客営業のあゆみ」(日本交通公社)などがある。 | ||